自己憐憫は悪ではない

 近頃、あたかも「自己憐憫は悪である」かのような論調が流布している。

 Twitterで「自己憐憫」と検索すると、ほぼ99%がネガティブなものとしてこの言葉が扱われており、どうやら自己憐憫とは、「抱いてはいけない感情」である、と彼らは考えてるようだ。

 しかし僕が思うに、自己憐憫は別に卑下する必要もなければ、唾棄すべき負の感情でもない。

 

 そもそもなぜ自己憐憫が起こるのか?理由は多々あると思うが、最も大きな要因は「自分の目標(理想の自分)と置かれている現状(現在の自分)とのギャップ」だろう。

 現在の自分に強い自己憐憫を感じる人間というのは、言い換えれば自分に対して強い期待を抱いている。自分への期待値が高ければ高いほど、将来の夢や展望を高望みする。これは決して悪いことではなく、そういう人間は実際その高みにたどり着く可能性を秘めている。

 自分に対して殆ど期待をしていない人間というのは、対照的に自己憐憫を感じることはない。 

 マイナスの感情に苛まれることを恐れ、自分への期待値が低いと、たとえ大きく成功するチャンスに巡り合えても、自分で限界を設定してしまう。マイナスを避けることは、プラスを素通りしてしまうことと表裏一体なのだ。

 

自己憐憫が強い人間と弱い人間というのは、どちらが善でどちらが悪という問題では無い。あくまでもそれぞれタイプが違う人間だというだけだ。そこに優劣をつけようとするのは、大振りでホームランが狙えるが打率が低いバッターと、バットを短く持って常に高打率を維持するバッターを比べるようなものだ。

 

 本当にダメなのは、自己憐憫自体ではなく、自己憐憫が習慣化し、常にマイナスの感情ばかり表出してしまうことだ。この場合、必要なのは論理による説得や励ましではなく適切なカウンセリングである。

 

個性と心的問題を同一視してはならない。