バイアスを丸裸にする「確率」という発明品

小学校の卒業制作で、一人一つ好きな四字熟語を選び、書写するというものがありました。

 

僕は「初志貫徹」を書いたんですが、卒業式の式辞で校長先生が、卒業生たちが書いた数多くの四字熟語の中から僕の「初志貫徹」を選んで取り上げてくれました。

 

当時僕は精神科医になることを志しており、校長先生を裏切らないためにも絶対にその初志を貫徹しようと心に固く誓いました。

 

それから6年の月日が経ち。僕は特に勉学に邁進したわけでもなく、毎日欠かさずやったことといえばネト麻とオナニーくらい、という学生生活を送りました。

 

もちろんそんな放蕩な振る舞いをしてきた人間が医学部に入れるわけがありません。「理系は無理だな」と悟り、高3で文転してまで受けた大学も落ちて浪人してしまいました。ごめん、校長先生。

 

今の座右の銘は「生きてりゃOK」です。頑張ろう日本。

 

 

認知バイアスは至る所に潜んでいる

 「認知バイアス」と言うと、あまり聞きなれない方がいるかもしれません。

しかし、中身はごく単純な内容で、「日常の場面で発生する、統計学や記憶に関する誤り」という意味の心理学用語です。

例を挙げると、以下のような種類があります。

 

・後知恵バイアス(一つ前の記事で言及しています)

過去の事象をあたかも「自分は予測可能だった」かのように振る舞うこと

・確証バイアス

自分が支持する仮説や信念を支持する情報ばかり集め、反証する内容の情報を無視すること

コンコルド効果

金銭的、時間的、精神的な投資が損失につながっていると分かっているにも関わらず、それまでの投資を惜しんでやめられないこと

 

認知バイアスはこの他にも無数の種類があり、まだ名前がつけられていない認知バイアスもあるでしょう。いずれも本来の意思決定を歪めたり、場合によっては人生そのものに影響を与えてしまう可能性もある厄介なものです。

 

それら全てを無くそうとすると出家するか自殺するくらいしか解決策が見つかりませんが、それでも、「確率」を使えばある程度の認知バイアスは未然に防ぐことができると僕は考えています。

 

そもそも確率とは何か

日本の大学生が論文を書く際に最も利用するサイト、Wikipediaによると

 

 確率(かくりつ、英: probability)とは、偶然性を持つある現象について、その現象が起こることが期待される度合い、あるいは現れることが期待される割合のことをいう。確率そのものは偶然性を含まないひとつに定まった数値であり、発生の度合いを示す指標として使われる

 

つまり、確率を使える場面というのは、次の条件を満たす場合に限るということです。

・その現象が偶然性を含む(宝くじが当たることや、マリオカートで現在8位のプレイヤーがスターをゲットすることなど)

・その現象が起こることが期待される度合いが、実際に計算できること(=ある時点、ある状況において、その現象は必ず同じ確率Pで起きるということが明らかである)

 

よって、先ほどの「確率を使えば、ある程度の認知バイアスは防ぐことができる」という文言は、より正確に言い直すと「確率を使えば、ある程度の統計にまつわる認知バイアスは未然に防ぐことができる」となります。

 

確率が直感に勝った実例

 30年ほど前、モンティ=ホールという男性が司会者を務めるアメリカの人気ゲームショー番組「Let's make a deal」で、以下のようなゲームが行われました。

 

・プレーヤーの前に閉まった3つのドアがあって、1つのドアの後ろには景品の新車が、2つのドアの後ろには、はずれを意味するヤギがいる。

・プレーヤーは新車のドアを当てると新車がもらえる。

・プレーヤーが1つのドアを選択した後、司会のモンティが残りのドアのうちヤギがいるドアを開けてヤギを見せる。

・ここでプレーヤーは、最初に選んだドアを、残っている開けられていないドアに変更してもよいと言われる。

プレイヤーはドアを変更すべきだろうか?

 

一見、変えても変えなくても新車が当たる確率は変わらなさそうです。

しかし、結論から言うと、「ドアを変更した方が景品が当たる可能性が高くなる」のです。

 

「最もIQの高い人間」としてギネスブックにも掲載されている女性マリリン・ボス・サヴァントがニュース雑誌に連載しているコラム「マリリンにおまかせ」の読者投稿で、このモンティ=ホール問題にまつわる質問がありました。

そこで、彼女はこう解答しました。

「正解は『ドアを変更する』である。なぜなら、ドアを変更した場合には景品を当てる確率が2倍になるからだ」

すると直後から、読者からの「彼女の解答は間違っている」との約1万通の投書が殺到し、本問題はアメリカ全土を巻き込む大議論に発展しました。

名のある大学で博士号を取っている、いわゆる「数学のプロ」ですら「答えはどちらも1/2だ」と非難し、さらには「女性は数学ができないからこんな問題も分からないんだ」とレッテル貼りをする人間まで現れました

しかしながら、先程も書いた通り、この問題の答えは「ドアを変更した方が当たる確率が高くなる」なんです。

つまり、普段から数学や確率に慣れ親しんでいるはずの人間でさえ、バイアスに左右されて本質を見誤っていたのです。

 

なぜドアを変えた方が良いのかは、たった1フレーズで簡単に説明がつきます。

「確率は条件次第で変動する」ということです。

 

黒ひげ危機一発を思い出してください。

最初、穴が30個空いているとします。

ここでアタリ、つまり黒ひげが飛び出す穴に剣を刺す確率は1/30です。

今、穴の一つに剣を刺し、セーフとなりました。

さて、ここでもう一本刺す時、アタリの穴に刺してしまう確率は何分の1でしょうか。

 

そう、29分の1です。「ハズレの穴に一本剣を刺した」という行為によって、アタリの穴に剣を刺す確率が変動したのです。

 

ここまで言えば、あとは自明かもしれませんが、一応モンティ=ホール問題の解答を以下に示します。

 

【解答】

ドアを変更せずに景品が当たる確率をP(A)、ドアを変更して景品が当たる確率をP(B)とする。

まず、最初に選んだドアがアタリである確率は1/3であり、最初に選んだドアがハズレである可能性は2/3である。

 

1.ドアを変更しない場合

最初に選んだドアがアタリであればそのままアタリ、最初に選んだドアがハズレであればそのままハズレとなる。

つまりP(A)=1/3である。

 

2.ドアを変更する場合

最初に選んだドアがアタリであれば、司会者はハズレである二つのドアのうち一つを開け、その結果残ったもう一つのハズレのドアを選ぶことになる。

最初に選んだドアがハズレであれば、司会者は残った二つのドアのうちハズレの方のドアを開け、その結果残ったアタリのドアを選ぶことになる。

つまり、最初に選んだドアがアタリであればハズレ、最初に選んだドアがハズレであればアタリのドアを最終的に選ぶことになる。

よって、P(B)=2/3である。

 

以上より、ドアを変更した方が景品が当たる確率が高くなる。

 

転ばぬ先の確率計算

このように、たとえ数学者のような確率に慣れ親しんだものであっても、咄嗟の判断だとバイアスがかかって統計的に間違っていることを正しいと言い張ってしまうことは多々あります。

確率が絡む判断を迫られた場合は、早計に判断を下す前に、紙とペンを使って正しい確率若しくは期待値を計算してみてはいかがでしょうか。

まあ、纏めると

「ルーレットで4回連続で赤が出たら次は絶対黒が出る」って言い張ってた島田◯助はやばい

以上です